不思議な箱
ある豊かな国に、女の子がいました。
彼女の広いお部屋にはたくさんのぬいぐるみや流行のおもちゃが、ところせましと並んでいます。
ひとりっこの彼女が欲しいと言えば、パパは何でも必ず買ってきてくれるからです。
今日のお夕飯は最高級のステーキ。女の子がママにお願いしたのでした。
けれど女の子には大きすぎるので半分以上を残してしまいます。
ママはそれをちゅうちょせず捨てるのです。
とても幸せな家族でした。
ある貧しい国に、女の子がいました。
彼女には兄弟がたくさんいて、みんなで一緒に使っている狭い部屋ではいつも、たくさんの兄弟がところせましと騒ぎまわっています。
家にお金がなく、兄弟はいつもお腹をすかせていましたが、パパとママ、おじいちゃんやおばあちゃんが工夫して食べ物を用意してくれるし、なによりたくさんの兄や姉、弟や妹に今日あったことを話していると、それだけでお胸がいっぱいになるのです。
とても幸せな家族でした。
あるとき、裕福な女の子と、貧しい女の子に不思議な箱が届けられました。
なぜかはわからないけれど、家を出るとき玄関の前に箱が置いてあったのです。
裕福な女の子は、その箱を見てゴミ箱だと思ったので、自分専用のゴミ箱にすることにしました。ママみたいにかっこよく捨てることにあこがれていた女の子は、とてもうきうきした気分になりました。
貧しい女の子は、その箱を見て宝箱だと思ったので、おじいちゃんやおばあちゃんが大切にしている像の近くに、ていねいに置いておきました。
今は何も入っていないけれど、何か素敵な宝物が飛び出してきそうで、とてもわくわくした気分になりました。
裕福な女の子は、そのときお夕飯をひとりで食べていました。
今夜はパパとママの帰りが遅くなるというので、昼のあいだにお手伝いさんのおばちゃんが作っておいてくれたお料理を、レンジで温めて食べているのです。
パパやママは最近帰りの遅くなることが多くて、お手伝いさんがよく料理を作っておいてくれるのですが、あのおばちゃんのお料理は、女の子はあまり好きではありませんでした。
お魚とか、煮たものとか、苦かったりどろどろしている食べ物をひとりで食べていると、さびしくてたまらなくなってしまうからです。
そこで女の子は、この前に拾ったゴミ箱にこのお料理を全部捨ててしまおうと思いました。
ママみたいにかっこよくお料理を捨てます。お皿もいっしょに落ちてしまいました。
するとどうしたことでしょう。ゴミ箱が突然光りだしましたよ。
貧しい女の子は、そのときお昼をむかえたところでした。
彼女はおとといから何も食べていませんでした。
この国はとても貧しくて、町の人は誰もがお腹をすかせています。配給はもう何ヶ月も届いていません。
みんな戦争がわるいんだと大人たちは話しています。
そのせいで学校もあまり開いていないので、兄弟のみんなは家にいました。
狭い部屋に閉じこもるようにして、口々に食べたいものを話しています。
見たこともないような料理の名前が口をつくと、いくつものお腹からぐぅという音がいっしょに聞こえてきて、みんな笑い出してしまいました。
泣きたくなるくらいお腹がすいているのに、おかしくて涙が出てしまうのです。
するとどうしたことでしょう。宝箱が突然光りだしましたよ。
裕福な女の子のゴミ箱からあふれ出してきたものは、おひさまよりも温かくてまぶしい"ぽかぽか"でした。女の子はその"ぽかぽか"を飲みこみました。
すると、それまでのさびしい気持ちがいっぺんになくなってしまいました。
パパとママと遊園地で一緒の乗り物に乗って遊んでいるときと同じくらい、楽しい気持ちになったのでした。
貧しい女の子の宝箱からあふれ出してきたものは、今まで見たこともないような、おいしいにおいのするたくさんのお料理でした。
突然の出来事にみんながおどろいています。女の子はその中のひとつを手にとって食べてみました。
女の子はあまりのおいしさにほっぺが痛くなり、思わず手でおさえてしまいました。
それを見た兄弟も手に取り食べ始めます。お料理はぺろりと平らげられてしまいました。
兄弟みんながほっぺを手でおさえていました。
そんな不思議なできごとが何度かおこったあと、ふたりの女の子はいよいよ、この箱が不思議でふしぎでたまらなくなりました。
自分をこんなにも楽しく、幸せにしてくれるこの箱の正体をどうしても知りたくなったふたりは、あるとき、勇気を出して箱の中に手をつっこんでみました。
すると、箱の中でなにか温かい、まるで手のようなものに触れました。ふたりの女の子は思わずその手をつかみ、おもいきりこちらへ引っ張り出そうとします。
お互いがおたがいの手をにぎって力いっぱい取り出そうとすると、"すぽん"という音をたてて、裕福な女の子と貧しい女の子が入れかわってしまいました。
裕福な家庭に入れかわった貧しい女の子は、毎日がお姫さま気分でした。
パパが毎日のようにプレゼントしてくれるぬいぐるみやおもちゃは、まるでせっかちで気前のいいサンタさんが毎日をクリスマスにしてしまったかのよう。
ママやお手伝いさんが作ってくれるお料理は、この世のものとは思えないくらい豪華で、涙が出てくるくらいおいしいものでした。
貧しい女の子は幸せいっぱいでした。
貧しい家庭に入れかわった裕福な女の子は、毎日がうきうき気分でした。
信じられないくらいたくさんの兄弟がいっしょになって、ずっとお話しをしたり、いろんなことをして遊んでくれます。まるで自分の家が学校の昼休みの時間になってしまったかのよう。
初めて触れたおじいちゃんやおばあちゃんのお肌はしわだらけで、さわればさわるほど、しわはしわくちゃになっていって、女の子はいとおしげに抱きしめられるのです。
裕福な女の子は幸せいっぱいなのでした。
でも、裕福な家庭に入れかわった貧しい女の子は、気がつきました。
彼女にはお友達ができないのです。学校ではいつもひとりぼっちでした。こちらから話しかければクラスのみんなは相手をしてくれますが、なぜか、すぐ離れていってしまうのです。
クラスの男の子が、肌の色について話しているのを聞きました。
女の子にはその意味がよくわかりませんでした。
家に帰ってもひとりぼっちでした。
はじめは、広いお部屋をひとりだけで使えるのがうれしくてしかたがなかったのですが、それは3日と過ごせばとっくにあきてしまいました。
今では、こんな広いお部屋に、しゃべらないたくさんのぬいぐるみやおもちゃに囲まれてひとりぼっちでいることが、怖くて、さびしくてたまらなくなっていたのでした。
貧しい家庭に入れかわった裕福な女の子は、気がつきました。
食べるものが全然ないということ、お腹がすきすぎるということが、どんなにつらいことなのかということが。
欲しいものを買ってもらえないということ、そもそも欲しいものを売っている場所がここにはないということが、どんなにかなしいことなのかということが。
そんな当たり前すぎることを話す女の子を、兄弟のみんなは不思議そうに見ています。
そんなありっこないことを話す女の子を、兄弟のみんなは馬鹿にします。
当たり前にあったものが、当たり前にないというげんじつを知って、女の子は、暑いのに、背中のあたりがすごく寒くなって、体がぶるぶるとふるえ出してしまうのを、どうにもできないでいたのでした。
ふたりの女の子は、大きな不安を胸にかかえながら、箱を取り出してきました。
そして、おそるおそる、箱の中に手を入れてゆきます。
(もし、箱の中に手がなかったらどうしよう)
想像するだけで、ふたりの女の子の小さな胸は不安でおしつぶされそうです。
けれども、手を伸ばさずにはいられないくらい、ふたりの女の子は、元の世界に戻ることを強く望んでいたのでした。
箱の奥でお互いの手が触れあいます。
お互いがおたがいの手をしっかりにぎって、箱の奥に力いっぱい飛び込みました。
裕福な女の子は、それから学校の先生にたのんで、英語を教わりました。
女の子はいっしょうけんめい勉強して、ようやく少しの英語を使えるようになると、パパに頼んで、郵便を送ってもらいました。
前にパパに買ってもらったおもちゃのカメラと、貯めておいたおやつのお菓子といっしょにそえられた手紙には、こう書かれていました。
「はじめまして。あたしはあなたのおともだちのおんなのこです。あなたのことを、おしえてください」
貧しい女の子は、"おともだち"から贈られたカメラをいつも持ち歩いて、写真を撮ることが日課になりました。
兄弟みんなの写真、パパとママ、おじいちゃんとおばあちゃんの写真。
町の写真、学校の友達と先生の写真、兵隊さんの写真。
空の写真、夕暮れの写真、こわれた家の写真。
女の子は、撮った写真を封筒に入れて"おともだち"に送ります。
そのカメラは写真がすぐ出てくるタイプで、"おともだち"から送られてくる郵便には、替えのフィルムや、切手が張られた返信用の封筒も入っていました。
"おともだち"に送る郵便にそえられた手紙には、こう書かれていました。
「おげんきですか。あたしはげんきです。お兄ちゃんが出かせぎにいったり、お姉ちゃんがけっこんしたり、あたらしい妹ができたりしました。またね」
裕福な女の子は、"おともだち"から写真が送られてくると、パパとママといっしょに静かに見ました。手紙を読み(女の子が英語を訳してパパとママに読んであげました)、お返しに何をつめようか楽しく話しあうのです。
最近パパは、女の子にあまりプレゼントを買ってこなくなりました。
女の子も、欲しがらなくなりました。
最近ママは、豪華な料理をたくさん作ることがあまりなくなりました。
女の子も、自分が食べられる量を前もってママに話すようになりました。
あと、女の子は最近、パパとママのいない夜に自分で料理が作れるよう、ひみつでお手伝いさんに料理の作り方を教えてもらっています。
おばちゃんがいうには、筋がいいそうです。
押入れの奥に、軒下にしまわれ、あれ以来一度も開かれることのなくなったあの箱は、いつのまにかなくなっていました。
ふたりの女の子は、そこに何かしまったような気がしたけれど、それがなんだったかわからないみたいです。
あの箱はいったいなんだったのか、そして今はどこの家にあるのか、それは誰にもわかりません。
もしかしたら、君の部屋のどこかにふたを開けているかもしれませんね。