なんの脈絡もないんですが、月曜に「戦場のピアニスト」という映画をDVDで借りて観て、えらく衝撃を受けてしまいました。確かTVでおすぎが絶賛する感じのCMをやってたような…。

 主人公であるピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンポーランドワルシャワで体験した第二次世界大戦・ドイツ軍侵攻以来の戦禍を、徹底的なまでのリアリティーと、愚直なまでの非ドラマ性、そして主観というものが皆無の絶対的無感情性をもって描ききったこの映画は、まさしく「観る人が何を見てどう感じるか」という"自由なるテーマ"を超絶的な意志で貫くことを成し遂げ、その衝撃は自分の心のうちに湧き上がるものだから、もう、どうしようもない。本当にどうしようもない映画!

 意味などなく、殺す側も殺される側もその理由がよくわかってないような、あまりに不条理すぎてむしろ"平凡"な匂いすらする死が、まるで部屋に転がるコンビニ弁当の空きプラスチックケースのように、映像の中に無造作に散乱している。しかも主人公はそんな人々を救うわけではなく、ただ時代の流れに翻弄され、ただただ力なく逃げ惑い、自らの幸運と、幾人かの助けによって落ち延び、乞食のように惨めななりで生き残っていく、本当に身も蓋もない戦争体験記。しかも主人公はほぼ全てのシーンに出てくるのにもかかわらず、言葉は極端に少なく、独白もなく、いったい何を考え、感じているのかが視聴者に全く伝わってこない。ドラマによっても主人公によっても「戦争」というもの(その悲惨さ)がまったく消化されず、観てる者にそのまま襲いかかってくるものだから、正直たまったものじゃあない。

 しかし、そんな生々しいまでの戦争というもの、人間の狂気というものに浸らされ続けてきたこれまでの視聴時間があるからこそ、あの、月光の差す廃墟の一室でドイツ人将校を前にシュピルマンが弾くショパンのバラードに無上の美しさを感じるのだろう。ボロボロの衣服を身に覆った乞食風情のシュピルマンが、骨の浮き出ているような皺まみれの手で、打ち捨てられて埃だらけのグランドピアノから渾身に弾きあげるバラード。月光を反射してきらきらと光る塵が舞う中、原曲を大胆に短く縮めて演奏される、静から動へのドラマティックさがより一層際立ったショパンのバラード第1番ト短調作品23。この世のものとは思いたくない現実のなかで鮮やかに浮かび上がる、この世のものとは思えない美さに、涙が止まらなかった…。

 その旋律は映画の冒頭部、かつてあった家族のささやかで穏やかな幸せを返してほしいという哀しき願いから、ワルシャワという自分の街と、祖国を破壊しつくされたことに対する激しい憤怒というシュピルマンの心情を苛烈にオーバーラップさせているのではないか。ポーランドが誇る作曲家(僕も大好き)ショパンの名曲に乗せた、まさに彼の魂の叫び。

 思えば、彼が自分の力で運命に立ち向かっていったのは、劇中これが初めてではなかったか。本当はこの映画に言葉なんて必要なかったのだ、ピアニストはピアノを弾くことで戦争を生き抜く、ピアノの調べで心情を吐露する、まさしくこの映画(シュピルマンという人)は「戦場のピアニスト」だったのだ。

 名作とか傑作とかじゃないんだろうけど、たぶん一生僕の心に残る映画になるだろうな、そんな予感。本当、映画ってたまに観るとこういうとんでもないモンに出遭ったりするから、油断ならないよねえ。