障”害”者に代わる言葉

 障害者の"害"の字が、イメージが悪いということで、最近は「障がい者」とひらがな表記に改める役所が増えていたり、要支援者・挑戦者なんて代替語が新聞で提案されていたけれど。そこで僕は、「障甲斐者」(しょうがいしゃ)という造語を提案したい。"甲斐"とは、生き甲斐ややり甲斐の"甲斐"であり、甲斐性の"甲斐"でもある。
 人は誰しも欠点や弱点があるもので。それは眼が悪かったり足が遅かったりといった身体機能・能力的なものや、気が弱かったり優柔不断であったりといった精神的・気質的なものなど。それらのさまざまな欠点や弱点は人によって程度・内容さまざまであり、その千差万別具合が他の人より多少"手ごわいなぁ"、"やっかいだなぁ"と、感覚的に思われているモノをもつ人たちを、便宜上「障害者」とひと括りにしているに過ぎない。だから、障害者に対する差別をなくすには、誰もが実はもっている障害というものをありのまま認めることから始まるわけでして。それはまぁ、いいとして。
 眼が悪かったり足が遅かったりといった身体機能・能力的弱点、気が弱かったり優柔不断であったりといった精神的・気質的欠点。それらは、ひとりひとりの人間が、知恵や勇気、努力といった自らの活力を総合した甲斐性というものによって乗り越え、解決していくべきテーマであり、人生におけるテーマとして捉え挑んでいくその過程に、人は、生き甲斐とリンクした、なにものにも代え難い無形の財産を築いていくのではないかしら。
 自らの甲斐性の試される、挑戦すべきテーマとその人生が他の人よりきっとビッグで、かなりダイナミックで、思いきりドラマティックであることの誇りある象徴として、自らを表す言葉に"甲斐"というカッコいい意味(イメージ)を与えては、いかがかな。