変わらない世界、変わっていく主人公

 これほどの怒涛なバグがありながら、あまつさえ修正パッチファイルも見つからずOS上の問題でまともにプレイすることができないのにも関わらず、わざわざOSを旧バージョンに入れ替えてまでこの作品をプレイすることに執着してしまったのは、この作品における主人公に興味を持ったからだ。彼は、本来の人間ではなく、システムと呼ばれる機関によって遺伝子操作の結果作り上げられた、試験体としての、人によく似た、けれども決して人ではない存在。その彼がとある目的の元、物語の舞台となる学校に編入してくる、その目的とは、「感情を理解することができるか」というものだった。

 当初僕は、そんな埃と胡散臭さに満ちた悪の組織から実験として現実社会に送り出された主人公が、ヒロインと出会い感情(愛情)を芽生えさせ、正義をもって悪の組織との対決を通して自由を獲得していく、というような波乱万丈のストーリーを想像していたのだが、それは全く裏切られる。システムと呼ばれる組織は、その持つ胡散臭い技術の割に、物語(主人公)に対していたって不干渉であり、物語自体、大それた事件や感動的なエピソードがあるわけでもない。システムの重要な秘密を握ったヒロインが登場するわけでもなく、かといって幼馴染もいなければ妹キャラも出てこない、ちょっと変わったところはあるけれど至って普通、というよりは面白みに欠けるくらいの(ギャルゲー世界においては、という意味で)ヒロインたち。そして、淡々とした平凡な学園生活と、賑やかな学園祭を織りこみ、趣のある落ち着いた初秋〜初冬の風景。それらの印象はエンディングを迎えてもなお、変わらない。結末は実験延長か実験失敗(回収)のどちらか。あらゆる意味において妥当なエンディングといえる、実験を終えた主人公がシステムの手を離れて、1人の人間として完全なる自由を得るということもない。

 このように、物語の始まりと終わりを通して、主人公を取り巻く現実は全く変わらない。冷酷であるというより、ストイックで超然とした世界観。それはまさに物語を彩る季節と同じように、静かに厳かに存在している。ただ、唯一変わるものとして挙げなければならないのは、主人公の精神面での変質、つまり心の誕生、である。ヒロインの気持ちも主人公に惹かれるという意味で変わっていくのだが、それは主人公の心の現れの副次的作用と言うべきで、この作品物語の主眼はやはり、主人公の心にあると言えるだろうと思う。閉鎖的で静溢、不変的な世界の中で主人公の心の中の世界だけが変化し、激しく揺れ動き、それは止まった現実ゆえに際立って印象的に感じられていく。