ダ・カーポ プラスコミュニケーション

 「ダ・カーポ プラスコミュニケーション」ですが。そろそろ降参してもよろしいでしょうか…。現在朝倉音夢白河ことり紫和泉子胡ノ宮環ときて、天枷美春編を昨日クリアしたのですが、美春シナリオ、コレ最悪ネ。これまでは"くだらないエロゲー"という範疇でそれなりに楽しめてはいたものの、美春シナリオはいくらなんでも酷すぎるでしょう。美春編に分岐する際の導入部のアレとか、トンデモナイ凶悪さで、アホくささを通り越して気分が悪くなりました。軽薄でおちゃらけたファンタジーが人間というものを致命的に冒涜しておいて、恋愛もなんもないだろう?根本的に間違ってる。しかも美春編に入ると選択肢が全くないというのもどうかしてる。まるでプレイヤーという存在を置き去りにして、"冒涜された"人間代表である主人公が失笑的な茶番を繰り広げるシナリオ、これのどこに共感しろと?感動しろと?せっかくわりと好みだった美春ちゃんなのに、こんな脳みそ足りてないシナリオを押し付けられて、なんか哀れに思えてきました。

 それに100万歩譲ってこのシナリオを受け入れたとしても、シナリオ自体「My Merry Maybe」の玉村穂乃香シナリオに100万歩及ばない。まぁ僕はマイメビ信者だから100万歩というのは誇張しすぎだけど、それにしたって穂乃香シナリオのほうが美春シナリオの100万倍、人間というものに対して真摯だし、誠実だった。主人公の葛藤から人間性を感じた。朝倉音夢の迷いからも人間性を感じられた。しかし「ダ・カーポ プラスコミュニケーション」の主人公からはなにか得体の知れないモノを感じる。主人公の"天枷美春"に対する眼差し、そしてこのシナリオ自体に根本的な間違いを嗅ぎ取ってしまう僕は、どこかヘンなのだろうか。少なくともこの「ダ・カーポ プラスコミュニケーション」含むそのシリーズは、TVアニメ化してたりして人気だしねえ。

 ま、残念ながら確かなのは、僕は「ダ・カーポ プラスコミュニケーション」という作品が嫌いになってしまったということです。天枷美春の想いは、教室の黒板に貼り付けられたラブレターのように、勝手に"取り出され"、踏みにじられ、"他者"によって嘲笑され、それに対する救いを描くことなくシナリオをHAPPY ENDとして終わらせられるその感性が、僕には信じられないし、嫌悪の対象。中古とはいえ、買うんじゃなかったなぁ…。サーカスさんて、もしかしてダメ?「水夏」は結構好きだったんだけど。「最終試験くじら」?ああ、中古でみかけるようになったら買ってプレイするだろうね(懲りてないらしい…)。