物語の音楽

 女性NPCはだいたい舐め尽くしたことだし、キャンプファイヤーのスキルをひとりで使用するのも寂しいだけなので、多くの落選者の屍の上に掴んだβテスターの地位ということで非常に申し訳ないんですが、マビノギはもう引退することにしました。けっきょく、同じテスターの人と一言も会話を交わさないまま、というかチャットの仕方もわからず仕舞いでした…。
 そういえば、一次職に転職できる前に止めてしまったラグナロクオンラインのαテストのときも、一言もチャットすることなかったような…。リアルでもネットでも、人に話しかけるのが苦手という性質は変わらないようです。それじゃあなぜラグナのβテストのときはすんなりハマれたのかと訊かれれば、フェイヨンダンジョンでは隣のアコと話さずにはいられなかったからですよ、あの人口密度ではね。
 ネタはしょせんネタでしかありえない、得るもののない僕のマビノギβテストライフのようではありましたけれど、実はひそかに得たものがありました。それは、音楽です。マビノギは音楽がとっても素晴らしい、というか僕好みなのです。マビノギのゲームフォルダに付随してたMP3フォルダの中からベスト選集をこさえて(ベストといっても69曲、総演奏時間3時間)、この前買った携帯MP3プレイヤーに入れて聴き浸っていたりします。
 コチラの、真っ当なマビノギβテスターさんによるプレイ雑記で公開されているコチラから、曲名の翻訳版をダウンロードしてきてMP3タグを修正しました。以下曲名表記はあちらの表現方法に従います。直訳的だけれどかえって新鮮な響きが…って僕は弱い者いじめは好きじゃないよ!そんなに。
 ラグナロクオンラインのBGMも決して嫌いではなかったし、好きな曲もちらほらとあったけど(サントラがダメだったらしいけど、それは別の話)、マビノギの音楽はそれとは全く次元が違う、つまりラグナの音楽は"シーンの音楽"、マビノギの音楽は"物語の音楽"なんです。
 mp3ファイル名を見ても分かるとおり、50曲以上ものNPCそれぞれのテーマ曲が作曲されている。既に出会っているNPCはそのうちのごく一部だったようで、名前もキャラクターも全然分からない大部分のNPCテーマ曲の、楽しいメロディや可笑しいメロディ、勇ましい曲調やメランコリックな曲調、可憐な音楽や美しい音楽、ほぼ2分尺の音楽を次々と聴いていくと、まだ出会わぬキャラクターの容姿や性格、職業果ては個人的な事情などついて、曲名だけを根拠に勝手な想像がどんどん膨らんでいって、音楽だけで物語ができあがってしまっているのです。
 それに対して、NPCの各テーマ音楽を繋げる位置にもあるフィールド音楽、町やエリアそれぞれのテーマ音楽、ダンジョン音楽は、演奏時間が5分以上にも及ぶものがあるほどに大曲揃いであり、その音楽的なボリュームは1曲の中で物語が描かれているからです。
 たとえば僕のマビノギβテストプレイでも聞いている時間の長かった、ティルコネイルのテーマ曲「落葉の踊り」。前半部のどこかあか抜けない、欠伸が出るように間の抜けた音色が、だんだんオレンジ色を帯びていく日の光と長くなる影の寂しさ、気が付くと前半では協奏していたはずの副旋律が消えていて、あっという間にあたりは心細い暗闇の中、犬の遠吠えを聞くかのような高音帯のメロディ、それまで主旋律を奏でていた音色がぱたりと消えると、まるでまどろみの人々を心地よい夢へといざなうかのように優美で流麗な、けれどもどこか儚げなピアノの旋律が現れ、ティルコネイルに真夜の帳が降りる…。
 どこにでもあるような田舎村の他愛ない一日の移り変わりが、丁寧に愛おしげに音楽によって表現されていることに気づいたとき、スタミナを回復させるための無駄な時間ではなく、キャンプファイヤーを囲って仲間とワイワイやることがマビノギというゲームにとってとても大切な一部なのだというメッセージを読む思いがしました。
 他にも、ゲームを始めて最初に聞くことになる「Soft Sunshine」は、なんとも朗らかで清清しく、家でじっとしているのがもったいなくなるような小春日和をイメージさせて、これからマビノギという世界に"遊びに行く"プレイヤーのささやかな決意を、さわやかな風と光で後押ししてくれるよう。
 また、ナオをテーマにした「眠るこの者のための祈祷」・「白い鹿の話」は、ピアノソロによる静謐な旋律と繊細な演奏が心をするりと無垢にさせるような、鮮やかで、情景的で、ロマンティックな小曲。ネオの存在がこのマビノギという世界にとってとても重要なのだろうことは容易に察しがつくので、改めてこの子のテーマ曲をじっくり聴いてみると、ナオというヒロインと、マビノギという世界に無性に心惹かれてしまいますね。「鳴らない君の心の鐘」と名づけられた、悲劇的でひどく哀しげなテーマ曲を与えられた人物の物語を知りたいとも思ってしまいます。
 このように、今の僕にとっては"悔い"を刻んで余りあるほどに魅力的なマビノギ音楽。はてさて、将来発売される(ことを今から期待している)サントラを買うだけで済むのだろうかねぇ。