君の声が届く部屋

生活音を迷惑に感じるかどうかは、相手を知っているかどうかにもよる。*1

 もう2年近くになりますが、我が家が入居している賃貸マンションの上の階の住人が超うるさいのです、いわゆる騒音ね。玄関からベランダのほうまで気が狂ったように駆け回っていたりするのですよ。平日だろうが週末だろうか、朝も昼も夜も深夜もお構いなく、ドンドンダンダンドドドドドっとうるさいったらありゃしない。あまりにもうるさいものだから、「上の階に住んでいるのはきっと組織犯罪関係者事務所だ」「霊媒師が呪術儀式でも執り行っているのでは」などと妄想して、勝手に怖くなって苦情を言いづらくなっていたりしたのは今だけここだけ僕だけの話。
 一度妹が、嫁に行くちょっと前にその住人に文句言いに行ったのですが、そのときに「子どもが元気過ぎてすいませんねえ」とかいうような話を聞いてきて。「まぁガキがいるんじゃしょうがないよね」「ガキの成長は早いからそのうち静かになるだろう。その時まで我慢してやろうか」と、まぁ大人の寛容を示したのですよ、というかヘッドフォンで音楽を聴いたりして半分あきらめていたわけですよ。ヘッドフォン大音量で耳を塞ごうが天井からの騒音は頭の奥に直接響いてくるんですがね…。
 でも先日の休日、騒音レベルが瞬間的に母親の忍耐許容量を突破してしまいまして、ついに母親が重い腰を上げて文句を言いに行きました。そうしたら。
 そのガキ、もといお子さんがいわゆる障害児だった、ってそんなお話。
 どんな障害かっていうのは、察せる人だけ察してください。先天性のあれです。
 母親からの伝聞に過ぎないし、もちろん真偽のほどは定かじゃありませんよ。悪知恵の働く子育て放棄気味の親がその場ででっち上げた嘘っぱちで、ガキはもう手の施しようがないくらいただのわんぱくなだけなのかもしれません。いや、いっそそんな趣味の悪い嘘で騙してくれていたほうがどんなに気が楽か。たった母親の忍耐許容量臨界点突破前後で、同じ騒音ががらりとウーファーを変えてしまったのですから。
 それまでは、頭の芯にずんずん響いて気が滅入るような感じだったのが、今は、胸の後ろにごんごん響いて気が沈むような感じ。以前より精神的ダメージが増幅しています。相変わらずの天井からの騒音ボリュームなのに、今は不快に思う自分が不愉快になります。上の階に障害児の住人を持つだけでこの辛さ、はたして同じ階同じ部屋同じ家族に障害児を持つということの辛さは、想像絶するものがあるんじゃないかと、想像しようとすることさえ気後れしてしまいます。
 テレビの障害児モノのドキュメンタリーを見ると、最後はなんとなくハッピーエンドで終わって、ホロリと感動「それでも人間ってすばらしいなあ」というパターンが多いけれど、あれは嘘だね。真実はテレビ画面に映し出されている当人たちの胸のうちにのみ、ドキュメンタリーとしての"見せ方"そのものが嘘っぱちなんだよ。八つ当たり的にそんな風なことを考えてしまいました。

*1:4/2付読売新聞朝刊