ROM-レス。the girl from video game

ROM-レス。」はとてもクオリティの高い作品だと常々思っています。以前ここのブログで白雪しおんさんの作品について否定的な意見を書いたのは、半分は「にこプリトランス」について、もう半分はよく読んでいない自分のせいであって、「ROM-レス。」に関しては雑誌購入後真っ先に読む作品のうちの1つであるくらい、二心なく大好きです。

小さなレストラン「こねこ館」を経営していた静夜は、ぐうたらな兄・有賀の作り出した仮想人格「久凪」に一目惚れ。兄の意図したとおり、久凪をこねこ館のウェイトレスとして働かせる。
その後、久凪の外見の元になった元カノ・千奈が現れたり、ウェイター形態の久凪に潤架が一目惚れしたりと、何やら複雑な恋愛模様を繰り広げたりするハートフル4コマ。

どことなく懐かしい少女漫画をほうふつさせる清純で幻想的なキャラクターデザイン、奇をてらわず親近感を覚えるごく日常的な切り口を、メリハリのある構成にきっちり連動したテンポのいい会話で見せ、"押し(描き込み)""引き(手抜き)"の手練れたギャグ作画も堂に入ったもの。たまに気の抜け過ぎな絵も見られるけれども、不思議なくらい安定した面白さを毎号高水準で提供してくれます。
多少つっこんで説明すると、人物の設定とその関係性が実に巧みなんです。天才肌ながらぐうたらな兄《有賀》、堅実で頑張り屋ながら衣装作りが趣味でオタク志向の弟《静夜》。読者であるオタク層のまなざしは、《静夜》を介してごく自然に作品へと取り組まれ、小さなレストランをひとり責任をもって切り盛りしている健気な彼を、まるで身内のように気づかぬうちに応援してしまいます。オタクだけれど誠実だという彼の人間性は、読者《オタク》にとって最も望ましいスタイルであり、同一視しやすいものだからです。さらに、《有賀》は《静夜》ほど読者の自然な移入を受け付けるものではありませんが、諦めたような、当然のような温かい態度で兄との関係を笑って包容する弟《静夜》によって、読者は《有賀》のぐうたらな天才性についても嫌悪感なく受け入れることが叶うでしょう(ちなみに《有賀》は俗にいうニートであり、ニートの人たちの潜在的な才能とその存在を肯定的に描き、間接的にであれそう読者に捉えてもらおうとしているといえなくもありません)。
そして特に興味深いのは、《静夜》にまつわる女の子たち、その関係。複雑で危ういはずのものなのに奇妙に平穏でつつがない、ハートフルといっても差し支えない恋愛的日常劇の巧妙さです。《静夜》の元彼女《千奈》、"元"が付くのだから一度別れたはずにもかかわらず、《静夜》の経営するレストランにウェイトレスとしてのほほんと勤務し、さらには《静夜》を少なからず想っているとさりげなく受け取れる態度を取ります。その《千奈》そっくりの存在として《有賀》がゲームから実体化させた《久凪》は、オタクが望む正統的ヒロインをこの世に降臨させたかのような女の子。当然の成り行きとして《静夜》は《久凪》をとても可愛がり、とはいえ"一線"を越えようとする変態的な欲望は微塵も感じられず、《千奈》の好意的な言動については、拒絶することもなく、戸惑いながら一定の距離を置こうとします。
そのあいまいな態度が、しかし修羅場のような恋愛事件を呼び込むのではなく、なんとも"ぐずくずした"恋愛と奇妙な関係を基盤にした穏やかな日常として定着し、読者が当然に受け入れてしまえるのはなぜなんでしょうか。《久凪》がどれほど従順で可憐な完璧ヒロインを極めれば極めるほど、《千奈》が実に等身大で屈託のない感情豊かな女の子としていっそう好ましく感じられ、《千奈》が色気より食い気でがさつで能天気な小娘であると思い知れば知るほど、《久凪》のにこやかな誠実さがまるで天使であるかのように感じられます。現実を忌避するための仮想ではなく、むしろ現実を健やかに肯定するための仮想として《久凪》は在る。
《千奈》と《久凪》、本来現実と仮想として袂を分かつはずの両者が、あろうことか同じ現実として対峙し、さらに互いが互いの本質を浮かび上がらせ際立たせ、しかも同僚として普通に仲の良い同じ容姿の女の子という実際を目の前にして、《静夜》は、そして読者が取るべき方法は結局たったひとつしかありはしないのです。それは「ふたりの間で心揺れ動くことそれ自体を諦める」。仮想か現実か区別のつかない恋愛、過去か現在か判別のつかない恋愛。(理由があって)恋愛に取り組むことができないことに苦しむのではなく、敢えて取り組まないんだということを《静夜》と読者に"選ばせる"ために、《有賀》は《久凪》をこしらえたのかもしれません。ふたりは全く異なり全く同じに可愛いくて、ぼくらは全く異なり全く同じに誠実だから、成立していく可笑しい平穏。受け入れるゆるやかな平静。仮想と現実という《久凪》と《千奈》の意味的対立は、両者の存在が現実において混在してしまったことで他愛なく融和し、それは、現時点を識別できなくなっている《静夜》と《千奈》の恋愛、その過去と現在を結びつけて、未来へと解きほぐす"導線"の役割を果たしていくのかもしれませんね……。
とはいえそうして、誰かさんと誰かさんの"ぐずくずした"恋愛をいっそお洒落に内装し、お客さんの要望に応じて季節のイベントや、キュートな女の子らしさをメニューに載せてのどかにしれじれと営業するハートフルレストラン「ROM-レス。」が出来上がってくるわけです。最新号のお話では、《有賀》と《静夜》の妹で高校生の《潤架》の進路問題に関連して、3兄妹の境遇がそそと紐解かれていきます。とはいえいつもと変わらずとっても可笑しい。いきなりの「団子を見ながら団子を食べたい」に吹き出して、「(ワンピースを着ると)太って見えるのよねえー…胸があると」に萌えて、けれど「メガネっ子なのに!?」あたりから笑いとは別にある種の感情が混じってくる……。
何よりも笑いと萌えが最優先されるこの刹那な世界で、その規則を遵守し高水準を遂行しつつも、物語としての確かな構築をささやかに主張するこの作品は、やっぱり素晴らしい。終わって欲しくないけれど結末がすごく気になる萌え4コマというものを、僕は他に知らないし、実際貴重なのではないかなと思ったりもします。いやー褒めすぎですかね。