tsukimori2006-07-21

雨の上った帰り道をとぼとぼ歩いていたら、なぜか突然猫に襲われ、ズボンの裾をかまれてしまいました。何事かと思ったら、奥のほうから小猫の泣き声が。どうやら親猫が警戒行動中だったようですね。
確かに僕は小猫ちゃんなら好きだし、機会があれば拉致監禁してお医者さんごっことかしてみたいけれど、本物の小猫には興味がありません。おととい来やがれですぅ。
そういえば、電車に女子学生の制服成分が不足しているなと思っていたら、もう夏休み入りしてしまったのですね。残念。そうです、かまれるなら彼女たちからが良かったです。ズボンの裾といわず股のあたりを。こう、がぶりと。かみつかれたいと切に願う三十路男、ここにあり。

僕が中学の頃に好きだった同級生の女の子が成人して夢のなかに存在し(成人後の彼女に会ったことはない)、彼女は、同じく同級生だった男友達の妹だというんです。僕は彼と街で偶然出くわしていて、「彼女は今何をしているんだい?」と尋ねると、「あいつは今C.C.ガールズに所属しているよ」「C.C.ガールズ!?」「ああ、今流行のメイキャップ集団らしいんだ」「へえ」「せっかくだ、あいつの仕事場にお邪魔しよう」ということになりました。そこでなぜか地底深くの迷宮に潜入する2人、のはずが気がつくと何十人もの仲間たちとアドベンチャー。巨人の出現や天変地異にひとり、またひとり犠牲となり。「うあぁっ、身体が溶けるよぉ」「俺を置いて先にいけーっ!」「お、お前は振り返っちゃだめだ! あいつがお前の助けを待っているんだぞっ!」。必死行の末残り数人となっていた僕らは、突如開けた場所に口を開いていたホテルのエントランスルームに通されます。ティー片手に談笑するそこは喫茶店。「この上がC.C.ガールズの仕事場なんだが…」彼は扉を操作しますが、びくともしません。焦る仲間たち、知らぬ間に妙な"いでたち"の者たちが喫茶店に紛れ込んでいて、僕は絶望的な胸騒ぎをごまかせないでいた…to be continue.

続きを見ることができないのに、続きがあるように思えて仕方がないという意味で、夢のつづきに感じられるせつなさとは、生きながら別れなければならない、生きているのに二度ともう会えなかったりする、人が人の一期一会そのもの、あるいは淡い悔恨なのですねえ。
別れてもう二度と会うことができないというとき、彼(彼女)と自分に幸せの可能性を信じて仕方がないことの口惜しさこそが、せつなさの正体だとするならば、夢は、夢のつづきとは、なんて無垢な愚かさだろうかと思うのです。ロマンティックな権威主義とでもいえばいいでしょうか。続きがありそうでも決してないのが眠っているときに見る夢で、続きがありうべくして自ら切り出すのが起きているときに見る夢。
僕はもう寝よう。眠っているときに見る夢を見られるのを楽しみにして…。