アニメ主題歌、その好ましき他人行儀

 アニメの主題歌というものは、それぞれ作品に合うとか合わないとかいう好みの問題よりもまず、作品にとってある程度"他人行儀"であるべきなんだろうなと、最近思います。
 それが原作付きで、原作ファンのためだけに制作されたアニメであるなら、遠慮することなく該作品らしさをいっさい疑えないほど濃密な主題歌を備えつければいいのだろうけど。原作を知らない、その作品に初めて触れるという視聴者も目論んでいて、彼らが「どこから入ればいいのか?」と、入り口部分から迷ってしまったりしないように、誰にでも分かる言語で表示された案内板という意味合いが主題歌にはあるんだと、僕は思うんですよ。
 誰にでも分かる言語。それはつまり最大公約数としてのJ-POPであり、その時々の音楽的流行の最先端、とまではいかなくともその潮流には決して逆らっていない程度の感性で制作された楽曲、またはアーティストであることがアニメ主題歌には求められ。楽曲のクオリティやそのアーティストの有名度、はたまた好き嫌いの問題を気にするよりもまず押さえておかなければいけない、パッケージを開けるときに「ここから開く」とプリントされた部分のようなものです。
 それがCDセールスを目的とするありふれたタイアップ戦略でしかないのだとしても、視聴者にとってひたすら白けてしまう類の"がつがつ"した商売だと切って捨てられないとしたら、その主題歌を、何だかんだいいつつも、初めてその作品に触れる視聴者と同じ場所に立っている、似通った状況から該作品をイメージしているということについて、それなりに頷けるものを感じているからでしょう。
 この際まず間違いないのは、作品において視聴者がたいてい最初に触れるのが主題歌だということ。最近は第1話で主題歌がかからない作品も増えているけれど、とはいえアニメの第1話で明らかになる事柄なんてたかが知れていて、物語も人物像もただの端緒でしかない。それは女の子と初めて会ったときのようなもの。
 初対面の第一印象がその後その人との付き合い方を大きく左右してしまうように、主題歌の重要性は言を待たないけれど。その第一印象にとって、初対面であるがゆえに相手の人生や人格の作用はあまりに貧弱で(初対面で人生や人格が全開バリバリというような人はむしろ嫌だ)、それじゃあ第一印象とはなんなんだというと、態度であったり、たたずまいであったり、そういう漠然としていて全身的な感じ取りであるわけです。
 第一印象が好ましいという場合、それは相手の態度やたたずまいが自分の理解できる、あるいは自分の感性と似通っているということであり、個性を感じさせるというよりも、共感できるという意味の親しみやすさが大きいでしょう。ゆえにアニメ作品でいう第一印象とは、名実ともに主題歌が担っているとみるべきでしょう。
 そしてアニメは一話毎律儀に主題歌を忘れない。その好ましい他人行儀さは、どれほど親しい間柄であってもきっちりとした挨拶を欠かさず、どれほど簡素な食事であっても「いただきます」「ごちそうさまでした」を怠らない、背筋のぴんとした心配りのようで。
 その、僕個人としての好感は、好き嫌いでなくアニメ主題歌という態度、たたずまいそのものへの微笑ましさに繋がってゆきます。好きなアニメ主題歌があるのではない、アニメ主題歌というものが好きなんだと。
 僕がアニメ主題歌というものにこうも魅了されてきた理由。それは「出会う」ということなんですね。
 そして、今放映している「反逆のルルーシュR2」にしろ、「家庭教師ヒットマンREBORN!」にしろ、1st主題歌の「COLORS」(FLOW)「Drawing Days」(SPLAY)が一番好きで、というより2nd以降の主題歌をどれもこれも受け入れがたいのは、そういうケースがこれまでも多々あったのは、曲の出来不出来とか好き嫌いとかをひっくるめて、それでいて関係なく、初めて好きになった理由をそう簡単に捨てられないからだと思うんです。
 一途というか、不器用というか。僕が好ましさを抱いている他人行儀さや、律儀さというものは決して変節しないことだと思っているから――ですかね。