目に見える黒が香ってる

 今も放映しているのかな、サントリー「天然水」のCMの最新作がバイオリン篇といって、雪に埋もれた白樺の森の中で女の子がバイオリンを弾いているというものなんですが、これが妙に印象的なんですよね。もともとこのシリーズはどれもそうなんですけど。
 CM情報 サントリー天然水 サントリー
 女の子が特別かわいいとか、バイオリンの調べが美しいとか、そういうことではなく。なんというか、世界の色というものをいっさい払拭したように真っ白な雪原にあって、いっそう映える、世界でもっとも明晰で無慈悲な黒色の揺るぎないスカートとタイツに、人としての感覚をやおら踏み外したエロティシズムを嗅ぎ取りでもしたかのように、わけもわからずドキドキしてしまったと。
 晴れ渡った明澄な空気感と、南アルプスを遥かに湛えながら喜ばしい情感を響かせる弦の音色、その清楚で美しいありさまにあって、女性にとってもっとも女性らしいといえる身体の領域を完膚なきまでにおおった黒色は、あまりにも親密でどこまでも近寄りがたいがゆえに、においとしか呼べないような何かを、生々しいまでの鮮やかさを視聴者に、僕にみなぎらせてしまうのです。
 ――目に見える黒が香ってる。
 ウチの車のボディカラーはホワイトです。
 車を洗剤使って懸命に洗ったという話は昨日書いたけど、そのときの洗剤の泡を水で流し落とし、雑巾で残った水滴を拭いているとき気がついたんです。拭き取った後にあらわれた車体の白色は、残った水滴を通して見える白よりもくすんでいるんですね。
 そこで、試しに水に濡らした雑巾で乾いた部分をちょっと撫でてみると、一瞬すごい白が浮かび上がって、でもすぐ元のくすんだ白に戻ってしまう。ああ、白というものはつまるところ幻想でしかないんだなと、そう思ったのです。
 現世で儚い本当の白色は、きっと人間が意識を喪失するときに充たされるべきもの。そんなのをいま追い求めたってしようがない。だったら僕らはせいぜい、この此岸であまりに瑞々しく淀んでいる黒色を欲望し続けるしかないじゃないか。
 何度見てもそそられるなあ、このCMは。