シナリオ概観(ピックアップ)

 ■芹沢心音編

 唐突に現れ最初から主人公に対し好感度マックスの心音、ただ「可愛いいから」という理由くらいしか見出せない、主人公が心音に惹かれていく理由。なんの脈絡もないボーイミーツガールから、不自然極まりない"アホ"みたいなラブラブっぷりを見せ付けてくれる。
 しかしよくよく考えてみると、このシナリオが他のヒロインシナリオと比べて異質であるのは、彼女がこの世界に帰ってくることによって取り戻すものが、他のシナリオのように主人公との恋人関係ではなく、かつてヒロインと主人公の2人にあった兄妹関係であったということだ。ふたりにとって失われたものである絆を、ふたりが取り戻すという意味において、この作品が前作から受け継いだテーマ性は損なわれていない。
 心音が主人公に対して求めていたものは、恋愛を包含するスケールの兄妹愛であり、心音が切望するのはふたりが兄妹でいられる幸せな世界そのものであるのだから、彼女はどうしようもなく"わがまま"であるといえるのかもしれない。主人公と早々に肉体関係を結びつつも求めていたのは、かつてふたりにあった血縁的な繋がりであり、主人公あるいは世界の全てによって隔絶させられてしまったそれを、肉体的結びつくことで主人公に取り戻して欲しかったのではないだろうか。
だからこそ芹沢心音シナリオにおける恋愛描写は、本来あるべき恋愛描写であってはならなかったのではなかったか、意図的に唐突で不自然で共感できない、突拍子のない描写であったのではないのだろうか。そう考えると非常に高度の"仕組まれた構造"が見えてくる。とはいえシナリオのボリュームや描写は、望月綾芽シナリオに比べると明らかに物足りないし、過去と現在ふたりの気持ちを、もう少しわかりやすい形での因果関係で組み立てられなかったものかと悔やまれる。

 ■深月遙編

 彼女が"この世界から消えていく"過程が時間的にもきっかけ的にもあまりにあっけなく、なんの神秘性も感じられなかったのがまずかった。そもそもヒロインが"この世界から消えてしまう"理由なり動機を、ドラマとして直接描くことをしちゃいけなかったんじゃないだろうか。あくまでセピア色のワンシーンとして描くことで、ヒロインの独白や吐露する気持ちを、受け取ったプレイヤーが自身の心の中で彼女が"この世界から消えていく"理由として昇華させ、純化させていくべきものであるはず。小菅奈穂編でも思ったけれど、ヒロインがこの世界から消えていくことは、既に設定段階で揺るぎようのない運命としてゲーム内現実で位置づけるしかない、"危ういもの"なのだ。
 しかし深月遙シナリオにおいて、彼女がこの世界から消えることの直接の原因は、まさに現在の主人公の身近で起こる。プレイヤーにとって(ゲーム内におけるという意味での)現実的・眼前的なドラマの中から、人というものがこの世界から消えていく理由を見つけることは、いくらフィクションとはいえファンタジーとはいえ、難しいんじゃないだろうか。ぶっちゃけ、現実にもっと不幸な人はいくらだっている、卑近な例でいえば、僕が先日までプレイしていた「Moon Light Renewal〜おもいでのはじまり〜」の片瀬美姫などは、まさに即日この世界から消えてもおかしくはないほどの不幸っぷりだった。
 そういった意味で、深月遙シナリオは、主人公視点のみならずヒロイン視点も織り交ぜられ、恋愛の機微がくすぐったくも瑞々しく伝わってくるけれども、それを喪ってあまりある致命的な思い違いをしているとしか言いようがない。望月綾芽編において真正面から取り組んでいたはずのテーマであるのに、深月遙編におけるそれはあまりにも薄小で、えげつない演出装置と化している。世界から彼女が消えた後の主人公の描写が、失った大切なものが何か分からないという、淡々としながらも切々とした心情をよく感じさせているものであったことも、残念さに彩りを添えている。