真夜中の公園

真夜中の公園とは、おもむきがあるというよりはただ単純に、こわい。そう思いました。
市内の市立公園に夜8時頃に行ってみたんですけどね。門が開いていたから閉まっているわけではないんだろうけども、外灯はほとんど消えていて、森林区域なんてもう真っ暗で足元すらおぼつかない。手持ちの携帯のバックライトを地面に照らして歩きました。
舗装された通路にはまだぽつぽつと照明が灯ってはいたのですが、それすら、時間設定でひとつ、またひとつと次々消えてゆく。夜の10時になるとチャイムが鳴り響いてきて(真夜中のチャイムというのもそれはそれで不気味)、それが止んだ途端、いっせいに明かりという明かりが消えてしまったときは、思わず心臓がドキリとしてしまいました。規律に従って世界からあらゆるものを遮断するシステムの厳然に、「まだ僕はここにいるんだ!」と人間存在の情緒を主張することすらむなしい。暗闇というものは、なんてこわいんだろう。
それにしても、あたりに人の気配がまるでしない。実際、30分近く歩き回っても誰ひとりすれ違えませんでした。花壇を流れるたえまない水音を伴奏に、思い出したかのように鳴き合わせるカエル。遠くからの轟きがかすかに届く車のエンジン音と、頻繁に上空を通過しその都度精神を一旦停止させるヘリの轟音。身体にまとわりつく湿気と汗、さっきから肌はまんべんなくかゆくて、嗅覚はもうとっくに麻痺している、周囲を埋め尽くす甘美で濃厚な花の香り――。
なんといえばいいんだろう、この空間は。冴え冴えとしたリアルのはずなのにそれはうねるようにファンタジックで、自分という存在感をよもや身体の感覚各器によって希薄にさせられ、きっと「ここ」以外のどこかで、僕じゃない主人公が、邪悪な存在と死闘を繰り広げているか、薄幸の美少女とひとよのロマンスに身をやつしているか、というようなことに阿呆みたいなリアリティを感じてしまわざるをえないような……。
ああ、なるほど。この空間とは強いて言えば、恋人たちが互いの妄想を具体化するのにおあつらえ向きの"特殊寝台"というわけですか……。そのことに今さらながら気づいた僕は、湿気をはらんだ涼気がいちいちいやらしいこの公園を抜けて、足早に帰宅の途へとついたのでした。あー恥かしい、はずかしい。