単なる移動手段か、運転する楽しみか

もっとクルマを楽しもう 〜広がる福祉車両の世界〜
 NHK教育の「福祉ネットワーク」という番組。
 体に障害を抱えていても、手だけ、足だけで運転できるように改造された福祉車両。それを単なる移動の手段としてではなく、いわばモータースポーツとして、楽しむためのアイテムとして位置づけようという視点による取り組みを、こころみに開催された自動車競争イベントを通して紹介しています。
 車を運転するということ。そこに楽しみを見出す人はそもそも、車を単なる移動手段として捉えることの不可能な種類の人たちで、あいにく僕は車を運転していて楽しいと思ったことなど一度もないけれど(運不運で凶器になりうる車というものを、どうして心楽しく運転できようか)、「好きなものは好き」といういかんともしがたい性根は、一般車の運転手であろうと、福祉車両の運転手だろうと変わりないでしょう。
 というか、位置づけようも何も福祉車両の運転に楽しさを見出しうる障がい者は、潜在的にたくさんいると思うんですね。「運転を楽しいと思いますか」というアンケートを、同数の健常者ドライバーと障がい者ドライバーにしてみたら、楽しいと思っている割合は障がい者ドライバーのほうが高いんじゃないか。
 なにしろ、障害があることによって身の回りのことすら思うようにならない、気軽に外出するというわけにもいかない生活を送らざるを得なかった当人に、笑っちゃうくらい飛躍的な移動距離をもたらすのですから。想像するだに楽しそうです。
 障害を抱える前から車を運転することが好きで、車の事故で首から下が動かなくなってしまって、けれどそれでも車を運転することの楽しさを捨てきれず、福祉車両と出会い、その運転技術の習熟のためのサークルを主催して20年になるという男性。体を動かすことが好きで、障害を抱えてからも楽しめるスポーツを求めているうちに福祉車両と出会い、のめりこんでいった男性。
 きっかけはさまざま、でも車を運転することを楽しみたいという思いは同じ。そして、より楽しむためのひとつの方便として、さあ競技をしようという流れはごく自然なことで、こういう取り組みが潜在的障がい者ドライバーを掘り起こすことにつながれば、とても素敵なことですよね。
 そして、僕がもうひとつ印象に残ったのは、運転席の座席シートの頭部に設置されたボタンをそのまま後頭部で押すことで、エンジンを起動したりワイパーを作動させたりする、アメリカ製の「究極」の福祉車両の価格が、1000万円だということ。
 この値段は高いと思いますか?僕は瞬間的に「安い」と思ってしまいました。もちろん僕はその日の生活すら不自由する貧乏人ですがね。
 そもそも車なんて普通に買っても100万円はするものだし、市中を見回せばいくらでも走っている高級車などは、下手をすると家が一軒買えるほどの値段というじゃないですか。僕は車を所有することにも面白みを見出せない人間なので(ガソリン入れたり掃除したり面倒なことばっかりだ)、むやみに偉そうで、見栄っ張りで、他の普及車や歩行者を見下しているかのようなたたずまいの自動車を所有するために支払われる1000万円は、べらぼうに高い。ほとんど馬鹿だ。
 それに比べれば、究極の福祉車両を所有するために支払われる1000万円は、とても安いと思ってしまうのです。普通に暮らしていては著しく困難な、自らの意思で、自らの力で、思いのまま移動することができる。簡単に言い直せば、「自由」を手に入れられるわけですから。
 ただまあ、「福祉車両」というネーミングはいただけませんね。スポーツカーみたいな、楽しむという態度に幾ばくかのプライドを付与させるようなカッコいい名前はないものですかね。ハンディキャップカーを略してHCPカーとか、そういうのを考えてくださいよ偉い人。