石田徹也「飛べなくなった人たち」

 僕はそもそも美術に関しては、描くのも評価するのもからっきしダメで、バースとか遠近法と言われても全然分からないんですよ。
 絵画を鑑賞すること自体は嫌いでもないんだけど、なんていうのかな、鑑賞した作品を言葉で表現することが上手くできなくて、居心地が悪いというか。申し訳ないというか。ネガティブな自己中心主義。
 「わかりもしないものを観たって意味ないし、意味あることを書こうとして恥かしい思いをするのも嫌だ」と、どうせ美術館の拝観料は高いし、僕にとって(アニメやギャルゲーに比べて《比べるものが悪い》)あまりにも手に余る世界だしと、二の足を踏んでいたのです。
 それが、今日放送のテレビ東京の美術番組「KIRIN ART GALLARY 美の巨人たち」の、石田徹也「飛べなくなった人たち」を観て、ああ、言葉で表現する必要なんて始めからなかったんだと、そんなごく当たり前のことに気づかされました。
 初めて会った人に、僕のこれまでの人生についていちいち語ったりはしない。それと同じように、石田徹也氏の絵を見たとき、作者の人生その内面に淀む社会との深刻なあつれきに、氏独特の皮相的なゼスチュアを通して出会う。それは、共感・気味悪さ・感銘・気分の落ち込みなど、好悪・快不快をひっくるめたさまざま感覚を人々に呼び起こすことでしょう。そんなごく個人的で本質的な体験を、他人にいちいち語る意味も、必要もありはしなかったのです。

 彼の絵を見た人は皆一様に押し黙り、キャンバスを凝視し続けるといいます。その絵が、我々が知らず知らずのうちに見ないふりをしている世界の矛盾を赤裸々に暴き出してしまっているからです。

 石田氏は、その圧倒的なオリジナリティ、内省的な社会風刺という痛々しいまでの鮮烈さによって、日本でさまざまな賞を受賞してきたにも関わらず、絵そのものはほとんど売れなかったという。しかし正直、よくわかる。氏の絵がもし自分の部屋に飾ってあったりしたら、僕は部屋に入るたびに塞ぎこんでしまうそうです。
 けれど、「自分の絵は貧しくなければ描けない」と本人は語り、事実かぐや姫の「神田川」を地で行くような住環境において彼は、ひたすら絵を描き続けた。
 過酷なアルバイトをこなしつつ、商業的成功の困難な創作活動に励むという、あまりに鬱屈とした先の見えない生活の中でこそ、氏はオリジナリティとしての自己投影的な社会風刺のイメージを生み出してきたのだと思います。しかしそれはなんて不器用な生き方なんでしょう。

 その絵には、必ず悲しげな顔の男が登場。それは自画像だと言われています。世の中に押しつぶされそうな自分自身の姿・・・。

 画中の男の無表情でうつろな瞳をじっと見つめていると、それがあたかも僕自身であるかのように思えてきて、背筋がひんやりしてしまうほどに、僕は石田氏のまなざしと同一化していた。
 2002年頃から、それまで注目を浴びてきた社会風刺の視点を減衰させ、より内面性の強い作風へと傾倒していくのを、「オリジナリティがなくなる」と画商に指摘された彼は、いつも世話になっていたにもかかわらず3ヶ月、いっさい姿を見せなくなります。
 ようやく再びこの画商のもとを訪れた彼が持ってきた、それについて何も語らなかったという作品、「体液」(2004年作品)を見たとき、僕は、素面では本当久しぶりに涙をこぼしてしまいました。
 美術って、"美"術というくらいなんだから、美しいはずなのに、美しくなきゃいけないのに、どうしてこんな、石田氏の絵は見苦しくて、痛くてせつなくて、どうしようもなく救われない気持ちにさせられるんだろう。
 それはまるで、人生とはかくあるべし、社会とはかくあるものという揺るぎようのない世界にあって、どうにもならない自分という存在の、せめて内側だけででもなんとか折り合いをつけようと自分を弄繰り回していたら、もう痛みを痛みと感じない目に映るもの全てが信じられない空の容器に成り果ててしまったかのようで。
 その空の容器は、もう二度と石田氏の体液で満たされることはなくなってしまって、今度は僕たちが体液を注いでみるんだけど、だからといって自分も誰も救われやしない。虚しいだなんて空疎な言葉で済ますにはあまりにも切実で、何に対して憤ればいいのか、そもそも怒る気力すらわかないこの無力感は、絶望というよりも、色が失せてしまったんだと思います。
 ――遺作集も欲しいけど、これは実際に実物を観てみたい。
 「美術とは何なのか」という閉塞的な問いから、アートとイラストレーションが区別されてしまうのなら、「何をもって美術だというのか」という包括的な問いから、石田徹也氏の作品はより一般的に評価されるべきだと思います。とりあえず番組プレゼントには応募しておこう。うむ。