詐欺被害と淡い青春

教材販売3社に一部業務停止命令、誤解させるような勧誘で
 「DC大学入試指導センター」。まだ続いていたんですね……。
 僕が高校生だった頃はバブル真っ盛りで、まあ早い話、引っかかってしまったんですよ。
 ケバいおばちゃんがいきなり家に訪ねてきて、訪問販売。ちょうど僕は高校2年生に上がったばかりで、受験というものに漠然とした不安を感じていたし、母も息子の受験のために何かしなければと思っていたらしく、ぽんぽんと話が進んでしまいました。
 教材を作るだけじゃなく教室も運営していて、わからないところがあったら先生に直接教えてもらえるだとかで、塾と家庭学習の両方をサポート、万が一浪人しても面倒見ますよという"よくできた"話は、インターネットでもあれば実際の評判を調べるくらいのことはできたんだろうけれど、もちろんないでしょ。
 話しかけてくる人しか情報源はなく、聞かされた話しか得られる情報はないわけですよ。そう考えると、今やインターネットで、好きな女の子のスリーサイズから感じやすい部分まで調べられるものね。便利な世の中になったものです。
 全て込みで90万円くらいしたんじゃなかったか。そういう買い物が普通の感覚で行われてしまう、当時はなんとも緩くて幸せな風潮でしたよ。
 しかし送られてきたダンボール2箱分の教材(録音テープ付)は、ちゃんと取り組めば取り組むほど劣悪さが身に染みる"ちゃち"な内容。量ばかり多くてわかりにくいし、市販の参考書と比ぶべくもない。それではと町田にあった教室に足を運んでみると、まあ確かに大学生らしき人たちが幾人かいて、請えばちゃんと教えてくれはしました。自習室としてはたしかに申し分ない。
 けれどね、冴えない教材でしかも自習するためにわざわざ電車に乗って町田くんだりに行くくらいなら、同じ町田にある大手進学塾の授業を受けたほうがなんぼかマシじゃないかということに気がついたわけです。それで、友達の紹介でとある塾に入り直したのが、3年になってからか。母親にはずいぶん叱られましたけどね。
 もっと早くあの塾に通い始めていたら、僕の人生はもっとマシなものになったのだろうか。大学のランクが多少上下した程度で変わる人生なんて、しょせん洒落にしかならない。そう、思いたいものです。
 そういえば。その自習室でクラスメイトにばったり会って、「DC大学入試指導センター」がいかに詐欺まがいの商法であるかことあるごとに話しているうちに、親しくなった女の子がいました。同じ被害者のよしみとでもいうんでしょうかね。
 まあ親しくなったといっても、高校の教室で休み時間に話したり、彼女がわからないと言う箇所を教えてあげたり(当時の僕はそれなりの秀才で通っていた)、その程度の関係。僕にそんなつもりはなかったんだけど、「おまえら付き合ってんだろ」と修学旅行のときの恋話座談会で話題にのぼって、周りからはそういう風に思われていたのかと、甘いめまいを覚えたものでした。
 そんなある週末の夜、「DC大学入試指導センター」に対し鬱屈とした気持ちを抱えたまま自習室を後にすると、これから自習室へ向かう彼女に廊下で会いました。話しかけてくる彼女に対し、そういう気持ちが表に出ていたのか、むすっとしていたのを勘違いして
 「○○ちゃん、なんか迷惑そうだね」
 彼女はそう言い残し、自習室に入っていきました。
 ――たまに思い出します、あのときのことを。
 あのとき何か積極的な選択肢を選び取っていれば、彼女との関係も多少ロマンティックなものへと発展したのだろうか、と。しかし当時の僕はあまりにも甲斐性がなく、当時の僕は彼女をあまりかわいいと思うことができず、当時の僕は好きでもない女の子と親しくできるほど大人でもなかった。
 ひとりの女の子を高嶺の花的に憧れて、「好きな女の子」という設定をかんたんに済ませて、その手の面倒ごとを間接的に回避していたようなところがありました。女の子という存在が理解できず、興味はあったけど、わからないものからは自然と遠ざかる。第一顔が悪いのでモテなかったから、それでほとんど問題ありませんでした。
 もうずいぶん連絡を取ってないけれど、彼女は元気だろうか。そういえば成人式の写真を贈ってくれたんだっけ。あれは、どこやったっけなあ……。