騙されたファミコンの思い出

 中2を担任したときのこと。I君という男子に関する苦情が集中した。書いた子はおとなしい男の子ばかり。「I君が僕のカバンに虫を入れた」「掃除の時ほうきを振り回す」「勝手に話に入ってくる」「背中をたたかれた」。その都度、I君に事実を確かめ、指導した。しかし理由を聞いても、うつむいたままということが多く、いったん「もう、しません」と謝っても、しばらくすると同じことを繰り返した。(略)
 I君はJ君にゲーム機を貸してあげると約束した。しかし、なかなかI君が貸してくれないので、J君は約束違反の罰金としてI君にお金を要求した。実際、I君は600円をJ君に渡していた。
 I君は、「ゲーム機を貸して、もっと仲良くなろうと思った。でもゲーム機を紛失してしまい、貸せなかった。自分が悪いのだから罰金は仕方ない」と話した。I君と話しながら、私には「友だちを作りたいのに、その方法がわからずもがいている」と思えてきた。
 お金を要求したJ君は、I君に悪いことをしたと涙ながらに謝ったが、友だち関係でのI君のトラブルはその後も続いた。
 友だちとの交わり方がわからず、苦しむ子どもが増えてきたように思う。(読売新聞)

 あれは僕が小学6年生のとでした。
 特に面識はないはずのある後輩の男の子が、「ボクのパパは任天堂の偉い人で、まだ発売してないゲームも遊ぶことができるんだ。もしソフトが欲しかったらボクの家にお金を持って来てよ」みたいなことを、僕らに言ってきました。
 「え!? まじかよすげー」、今思えばあきらかに胡散臭い話なんですが、当時の僕らはそれこそ何の疑いを持たず、さっそくこづかいをかき集めて、「俺はぜってースーマリの続編だからなっ」などと話しながら、わくわくした気分を抑えきれずにその男の子の家へと向かいました。
 するとそこは何の変哲もない平屋の貸家。玄関にはご丁寧に「○○会社社員」と書かれた札が掛かっていて、それを見た僕らはさすがに疑念を抱き始めたものの、とりあえずチャイムを押します。すると母親が現れ「息子はいない」とのこと。
 しかし、わざわざここまで来たのだからソフトだけは手に入れたいと思った僕らは、その男の子から聞いた話を母親に伝えて、ソフトを売ってくださいとお願いしたのです。
 もちろんそのような話はすべて嘘で、父親は任天堂の社員ですらなく、そもそもファミコンだって持ってないという。
 僕らはまるで狐につままれたような気分で男の子の家を後にし、これから遊ぶにしてもあまりにがっかりしていたので、そのまま解散することになりました。
 その後、僕らとあの男の子との間に何があったかは、正直あまり覚えていません。まるっきり騙されてしまったわけですが、よく考えてみれば最初からありえない話、それを信じてしまった僕らがあまりにもアホらしく、そのうえでその男の子、3年か4年のガキを責めたりするのは何より、僕ら自身がみじめでした。
 最上級生としてのプライドもあったりで、その男の子に対して何かお返しとか、いじめたりしたというようなことはなかったと思います。すぐバレるような嘘をなぜついたのか理解できず、だから気味が悪かったんでしょう。廊下ですれ違っても完全に無視し、彼のことを話題にすることすら避けるというような雰囲気でした。
 その男の子はきっと、上級生たちを見事に騙してほくそ笑んでいたに違いない。僕はずっとそう思ってきました。今思うと、悔しいというより、本気でだまされてしまうほどファミコンというものに途方もなく心奪われていた当時の、鮮やかな脈動が束の間よみがえってくるようで、今となってはむしろ大切な思い出です。
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 でもそうだったんですね。その男の子は、僕らと友達になりたかったんですね。ああなるほどそういうことだったのかと、この記事を読んで長年の疑問が氷解しました。今さら気づいたとしても、どうしようもないんですけど。
 とはいえ、それは悲しくなるくらい不器用な友だちの作り方です。嘘で気を引いて、嘘だとバレたときに、「だましたなー」「だまされたなー」「あははははー」みたいな王道の展開にうかつに引っかかるには、ファミコンは僕らにとってあまりに切実すぎて、ゲームに対して抱く感情はあまりに神聖すぎた。
 あれがもっと他愛のないものだったら、キン消しビックリマンカード、あるいはエロ本とかだったら、もしかしたらと思わないでもありません。くだらないことでなら、きっと笑っていられたと思うから。
 それにしても、友だちってどうやって作っていたんでしょうね。もがいてどうなるものでもないとは思うけれど、あきらめてしまったら、きっと友達はできない。自身が自然であれば、自然に友だちがいた。それが理想か普通なのか、もはや僕に論評することはできません。